藻谷浩介氏

藻谷浩介氏

エコノミスト

トビムシは公共と市場の谷を
つなぐ隠密集団。
次に彼らがどんな地域で
どんな作品を
生み出すかを
楽しみにしている。

死して屍拾うもの無し。

トビムシが何をしている会社なのかはわからない。
トビムシは林業をやっている会社だということを言葉としては知っている。現場を見に行ったこともあるが、確かに林業をしていた。しかし、本質的にはそうではないと思う。非常に謎の会社、それがトビムシですよ。
それはまるで隠密集団みたいな組織だ。隠密同心の如く、死して屍拾う人はいないんじゃないか。

いまは全国5か所にグループ会社があるという。最初は西粟倉村で役場と一緒に第三セクターをつくった。次に、奥多摩町で山主と会社をつくり都心の会社も巻き込んだ。3つ目は飛騨市が市有林を拠出してつくった会社で多くのクリエイターと広葉樹を活用している。4つ目は内子町で既存の株式会社を刷新した。そして5つ目は八女市で上場企業と共に地域商社と里山賃貸住宅をつくった。
各地でそれぞれ勝手な人たちが勝手にやっているようにしか見えない。

私なんかはいまの商売を組織化することなく自分一人でやる、という楽な道を選択したが、トビムシは会社化してやっている。しかもそれは竹本吉輝氏のコピーを増やしているわけではなく、上場企業も入っているかと思えば、地域で林業を真面目にやっている人もいるわけで、それが組織として成り立っている。
その都度、まったく違うことを地域ごとにやっている。それぞれが成長していっている。
それを見ながら、なんとこの人たちは元気な人たちだろうかとつくづく思うんですよ。

岩壁を掴んで公共と市場をブリッジする。

そんなふうに組織化しながら、実はとんでもなく難しいことをやっている。
補助金でなんとか生きていますという林業と、上場企業で儲かることしかやりませんという民間の市場のはざまで、両手を拡げて壁の岩を掴むように必死でブリッジをかけている。ちょっと間が広がれば落ちるし、掴んでいる岩が落ちたら次の岩を掴まなきゃいけない。ボルダリングみたいなもんですよ。

いま地方創生なんて言って、民間もマスマーケットが縮小・消滅する中で地域側にちょっとずつ寄ってきている動きもある。でも、地域のことを本気でやろうとすると、結局は面倒な小さな現象の話になる。まさにトビムシの世界ですね。マスマーケットとは乖離した、地域おこしの哲学がないとできる話ではない。なかなか間は埋まらないわけです。
だから普通は、市民団体や組合やNPOにして引きこもるところを、あえて株式会社にして、投資も受けて、マーケット側に手をついてやっているのが面白い。行政だけにぶら下がってやっていると、地方創生補助金と共に消滅しますから。無理をして民間企業とくっついてやっているために、実は意外とそっちから助け船が来たりする。

マーケットサイドにいた竹本吉輝氏が林業の世界に来たというのがおもしろいところですよ。林業は、今は超補助金漬け産業だけど、本来は日本に圧倒的優位性がある産業のひとつのはず。私も、里山資本主義の本を書いてから若干考え直したが、伐って燃やす以外でマーケットベースにのせて回す方法はないの?って思っていたところでトビムシのことを知って驚いたわけです。
トビムシがやっていることは自治体が税金使ってやったっていい公共的なものであり、マーケットの空白を埋める民間事業でもある。難しい領域のことを、企業か公共のどちらかの領域に引きこもらずに、 ブリッジし続けている。

この俳優でこんな映画を撮るのか! という驚き。

しかも、トビムシは変な地域ばっかりに出没していますね。私なんかからすると、くそ難しい地域をあえてやっているように見える。

例えば、トビムシが関わるある城下町。ひとつの路線でずっとやってきた結果、先がわかんなくなっちゃっている地域です。がんこでプライドもある。そういう難しい地域に入っていって一緒にやるっているのは相当すごいことですよ。その地域に力があることは事実で、文化性もあるんだけど、いかんせん、林業では決してうまくいっていない。合併した弊害もたくさんある。だけど、トビムシが入ることによって、合併した旧市町村のミデテーション(溶解)みたいなことも起きている。
地域の裏事情も知っている私からすると、こんなことをやるんだ!って思うわけですよ。地域のあんなに難しい気位の高い城下町の人たちとよくやってるなと。でも、その中のノリのいい人たちと楽しそうにやってたりする。

私のように地域の余計なことを知っている身からすると極めて面白い。この俳優を使ってこんな映画を撮るのか! みたいな感じですね。俳優や監督にやたらくわしい蘊蓄のある人間だから、映画になった作品をみて驚き喜ぶ。
私なんかは、そうやって楽しみながら、トビムシが関わる地域にお邪魔しています。

2020年6月

竹本より

『デフレの正体』『里山資本主義』などの著者、藻谷浩介氏さんとの出会いは、2012年の代官山蔦屋書店での出版イベント。その時司会を務めた(後に奥多摩の事業を一緒にやることになる)R不動産の林厚見氏に招待されて見に行って挨拶したのが初めてだった。
その後、スケジュールがタイトでハードな藻谷さんになんとか時間をつくってもらい2時間ほどの対談をさせてもらった。そこで、僕は、藻谷さんと僕たちの営みの共通点に気がついた。一次情報にアクセスできる、その重要性に自覚的である、ということ、に。そして、その時の衝撃の告白、「私は、事実の神様の奴隷なんです」という言葉通り、藻谷さんは、いつもどこでも、真摯に丁寧に事実に向き合い、その事実を積み上げていく。その所作を心から尊敬しています。
最後に藻谷さんの言葉に戻ると、地域の事業でマジョリティを握らないというのがトビムシ唯一(?)のポリシーで(西粟倉は国が、奥多摩は大山主が、飛騨は最初は市がいまは民間会社が、八女流は上場会社がマジョリティ)、それは、中央集権的にトビムシが人事と予算を握るということをやっていたら、本当の意味での地域(の為の)商社ではないと思っているから。積極的な意味で、「死して屍拾うもの無し」でいいという現れ。いったいトビムシがなにをやっているのかわからないまま、最終的には関わった地域からトビムシ持ち分を希薄化して、いつの間にかいなくなっている、そもそも居たのかどうかさえ誰も知らない、というのがトビムシの目指すところ。
それでも地域が変わったという事実とその風景は残るはずだから。

いとうせいこう氏
いとうせいこう氏
塚本由晴氏
塚本由晴氏